SINACOVAの航跡
~ Diario di Bordo 1976–2026 ~
日本上陸45周年を記念して、SINACOVAの約50年の航跡を紐解いていきます。
第一話「日本上陸前夜」
― イタリアで生まれたSINACOVA―

1973年:すべての始まりは雪山から
-「SINA COVA WOOLLY PULLY SPORTS」の誕生-
スザンナの父親は、約4,000人の従業員を抱える婦人服工場の経営者でした。
幼い頃から服づくりを身近に見て育ったスザンナは、自らも服飾デザイナーを志し、1971年、デザイン学校を卒業すると父親が経営するニット工場に就職します。
一方、スザンナにはスキー選手というもうひとつの顔がありました。
学生時代からイタリアのナショナルチームに所属し、1972年には札幌冬季オリンピックに出場しています。
服づくりの現場で培った知識と、自ら雪山に立った競技者としての経験。
この二つが結びつき、翌1973年、スキーウェアとスポーツニットのコレクション
「SINA COVA WOOLLYPULLY SPORTS」
が誕生しました。
これは現在のマリーンブランドSINA COVAとは異なる、その前身となるスキーウェアのラインです。
当時のヨーロッパでは、スキーは単なる競技だけではなく、冬のリゾートでスポーツを楽しみ、家族や仲間と過ごす豊かな余暇のひとつでもありました。
服もまた、そうした人々の過ごし方や価値観を表現するものです。
後のSINA COVAへとつながる「ライフスタイルを服で表現する」という考え方は、この頃からすでに芽生えていました。
しかし、スキーウェアの需要は冬に集中します。
そこでスザンナは、夏にも楽しんでもらえる新しい商品を模索します。当初は、スキーと同じく人気の高かったテニスウェアへの進出も検討しましたが、すでに多くのブランドが存在していました。
自分たちだからこそ表現できる、新しい世界はないだろうか。
その先にあったのが「海」でした。

1976年:雪山から、もうひとつの舞台「地中海」へ
-マリーンライン「LUPO DI MARE」の誕生-
1970年代のヨーロッパでは、夏になると長期休暇を取り、海辺でバカンスを楽しむ文化が広く根付いていました。
イタリアをはじめとする地中海沿岸でも、海辺のリゾートを訪れ、家族や仲間と休暇を楽しむことは、夏の
代表的な過ごし方でした。また、ヨットやクルージングなど、海を楽しむ文化も以前から親しまれていました。
照りつける太陽、青い空、碧い海。
港に浮かぶ白いヨットやボート、色彩豊かな海辺の街並み。
街を彩る鮮やかな花々、地中海の風に揺れるオリーブの緑。
海辺のリゾートでは、家族や仲間とくつろぐ人々。
ヨットで海へ出たり、旅や食事を楽しんだり、思い思いの装いで過ごす。
そこには、海とともに人生を豊かに楽しむ、地中海ならではのライフスタイルがありました。
スザンナは、この「海のある暮らし」に新たな可能性を見いだします。
海辺や船上で快適に過ごせる実用性を持ちながら、リゾートで着るにふさわしいエレガントさもある。
単なる「海で着るための服」ではなく、海辺で過ごす豊かな時間そのものを表現する服です。
こうして1976年、SINA COVAのマリーンライン
「LUPO DI MARE」
が発表され、イタリア北部ベルガモ地方の
クルノに会社が設立されました。
スザンナは26歳。父親の工場に就職してから、わずか5年後のことでした。
そして「LUPO DI MARE」のシンボルとして登場したのが、パイプをくわえた船長、現在まで受け継がれる「キャプテンマーク」です。
当時のキャプテンは、現在のものと比べると、より無骨で海の男らしい表情をしていました。
深くかぶった船長帽、豊かな髭、口元のパイプ。
長い航海を経験してきた船乗りを思わせる、力強い姿です。
時代とともにその表情や描線は少しずつ洗練されていきますが、パイプをくわえた船長という基本的な姿は
変わることなく、現在までSINA COVAを象徴する存在として受け継がれています。
1976年、SINA COVAの世界に新しい舞台が加わりました。
雪山だけでなく、海へ。
冬だけでなく、夏へ。

1973年に始まった「SINA COVA WOOLLY PULLY SPORTS」が、この時点でなくなったわけではありません。
スキーウェアのラインはその後も続き、マリーンラインと並行して展開されていきます。後には伊部株式会社でも、その一部を輸入していました。
一方、1976年に誕生した「LUPO DI MARE」は、SINA COVAに新しい世界をもたらしました。
冬の雪山で培われたスポーツとファッションの感覚、ニットをはじめとしたものづくりの技術。そこに、地中海の明るい色彩や海辺のバカンス、ヨットやクルージングなど、海とともに余暇を楽しむ人々のライフスタイルが加わります。
やがて、このマリーンラインが現在へと続くSINA COVAの中心的な世界を形づくっていくことになります。
当時の商品は、ヨーロッパらしい明るく鮮やかな色彩に、キャプテンマークなどのシンボルを配したデザインが中心でした。
現在のSINA COVAでは、キャプテンをはじめ、カモメや犬、ヨット、フラッグなど、さまざまなモチーフやキャラクターが登場しますが、この頃はまだ現在ほど多彩ではありません。
アイテムは、Tシャツ、ポロシャツ、水着などのリゾートウェアに加え、ニット製品が豊富だったことも特徴です。
スザンナがニット工場で服づくりを学び、「SINA COVA WOOLLY PULLY SPORTS」からスタートしたルーツが、ここにも生きていました。
イタリアのものづくりの技術、地中海の明るい色彩、そして海のあるライフスタイル。
現在につながるSINA COVAの世界が、少しずつ形になっていきました。

1979年:日本との邂逅
-イタリアで見つけた、新しいマリーンスタイル-
1979年。
イタリアで育ち始めたSINA COVAの航路に、日本へとつながる大きな出会いが訪れます。
そのきっかけとなったのが、伊部株式会社の伊部源太郎でした。
商品の買い付けのためイタリアを訪れていた伊部源太郎は、現地のスポーツショップでSINA COVAを見つけます。
目に留まったのは、ヨーロッパらしい鮮やかな色彩と、マリーン・テイストをストレートに打ち出したデザインでした。
当時の日本にも「マリーンルック」と呼ばれるファッションはありました。しかし、SINA COVAのコレクションは、それまで日本で見てきたものとはどこか違っていました。
ヨットやクルージングを楽しみ、港町やリゾートで休日を過ごす。
そうした海のある暮らしが息づくヨーロッパで生まれたからこそ、そのデザインには独特のリアリティがありました。
海で活動するためだけの実用着でも、単に「海らしく見せる」ための服でもありません。
街でも、リゾートでも楽しめる。そして服を通して、海のある暮らしや豊かな余暇まで感じることができる。
そのスタイルには、それまで日本では見たことのない新鮮な魅力と、ヨーロッパの生活文化から生まれたからこその説得力がありました。
「デザインの良さはもちろん、マリーン・テイストをストレートに打ち出したスタイルが面白い。」
SINA COVAに可能性を感じた伊部源太郎は、すぐにスザンナとの面会を決め、ベルガモにあった小さなオフィスを訪ねます。
1973年、スキーウェアから始まった「SINA COVA WOOLLY PULLY SPORTS」。
1976年、そこに新たな世界として加わったマリーンライン「LUPO DI MARE」。
そして1979年、ひとりの日本人との出会いによって、その航路はさらに遠くへ向かおうとしていました。
まだこのとき、日本でSINA COVAを知る人はほとんどいません。
しかし、ベルガモの小さなオフィスでの出会いが、やがて海を越え、日本へとつながっていきます。
雪山から、地中海へ。
そして、イタリアから日本へ。
SINA COVAの新しい航海が、まもなく始まろうとしていました。
“Per chi ama il mare,pre chi ha gusto negli sport di classe.”
「海を愛する人に、優雅なスポーツを嗜む人に。」
























